産んだその後
臨月は実家のパソコンが駄目駄目で、産後は気力がヘロヘロでパソコンに向かえず。。。既に産後1ヶ月近くが経とうとしているけれど、まずは備忘録の意味もあり、覚えている範囲内で陣痛からのメモ書き。
●9月20日
22時ごろ:張りが到来。それまでに何度か 偽の陣痛があったので、「また前駆陣痛かな」とのんびり していたら、どんどん痛くなり、「これは本物だ」と23時半ごろに病院に電話。
●9月21日
0時ごろ:病院へ。子宮口4センチ。個室で待たされる。まだ余裕があったので陣痛の合間に雑誌を読んだり、持ち込んだハーブティを飲んだり。そのうち余裕がなくなってきて、看護婦さんに背中をさすってもらう。(この時点では、送ってくれた両親を帰してしまった)
3時ごろ:陣痛室へ。だんだん陣痛の間隔が狭くなり、いきみ逃しに必死。母親も居ないので孤軍奮闘。4時ごろに母が到着したので、背中をさすってもらう。
6時ごろ:子宮口が9センチ。10センチになったら分娩室へ移動と聞いたので、枕を殴ったり、ベッドの手すりを握りしめて頑張っていきみを逃すものの、時々いきんでしまう。
7時半:分娩室へ。3回いきんだら出てきた。時計をみると丁度8時。
感想として。
陣痛は苦しかったけど分娩自体はすっごい気持ちよかった。「10ヶ月間の便秘が解消された!」というすっきり感?辛かったのが、後産。お腹を押されたり、裂けた産道やらをちまちまちまと縫われたり…。約45分間、地獄を見た。
私が後産で苦しんでいた頃に、始発の新幹線で旦那到着。間に合えば立ち会ってもらうつもりだったけど、見苦しい点も多かったので、立ち会ってもらわなくてよかったなあ…と思ふ。
エコーで分かっていた通りの女の子。産まれてきて顔を見た瞬間、「うわ、姑にそっくり」と思ってしまったのはナイショ。名前は最後までもめて(両方の両親もヒートアップ)、結局旦那の鶴の一声で、「アスカ」(漢字は秘密、ちょっと珍しいから)に決定。その後、快適な入院生活を経て、実家暮らし(2週間)、旦那実家(3日)を経由して東京に戻ってきた次第。
現在は3時間置きに授乳生活。夜は割とまとめて寝てくれるほうだと思うのだけど、それでも2回は起こされる。結局、一緒に寝て一緒に起きて…というダラダラ生活を満喫してます。果たして来春仕事に復帰できるのか心配。。。
それでも、毎朝起きてアスカの顔を見ては「産んでよかったなー」としみじみ。毎日、「にやっと笑った」とか、「沐浴のときにベビーバスのふちをぎゅっとつかんだ」とか、新しい楽しみがあるので。特に、起こされるとかなんだかんだ言っても授乳は至福の時間。無心に必死に吸ってくれて、吸い終わった後に見せてくれる満足げな表情を見ると、自分が女でよかったなあと思わせてくれる。それでもって、“アスカもいつか大きくなって結婚して子供を産むんだろうなあ”と、思考が飛んでしまうこともしばしば。大きくなって結婚しても一緒に旅行に行けるような仲良し母娘になりたいものです。
“第二子こそは「こうへいくん」とつけるぞ!”と旦那が張り切っていますが(笑)、出産してしまったのでこのブログの更新はストップします。余裕が出来たら「育児ブログ」を別途立ち上げるかもしれません。そのときはここに書きますけれど、今まで時々覗いてくださったかたがた、ありがとうございました。
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